ラフィンノーズ、ガスタンク、ザ・ロッカーズ、ザ・ウィラード、という、日本のパンク、ロック・シーンの核で歴史を刻んできた蒼々たるバンドのメンツで成る、MOSQUITOSPIRAL(モスキートスパイラル)のギタリスト・春日弘、ようやく登場 ! ! ライヴの後に少しつづ聞かせてもらっていたNYの話やラモーンズの思い出を、一気に過去からさかのぼり語り始めてもらったらあっというまに5時間が経過…(笑)。止めなきゃ何時間になるかわからなかったアメリカ、メンフィスの旅話からニューヨークで見たもの、体験したことなど、その歴史をさかのぼり、超・コンパクトにまとめました。「またNYへ行く」というアクティブな生き方から、まだまだ未来に起こるエキサイティングなストーリーも予想できる。そんなロックンロール・ギタリスト、春日弘氏の “これまで(2012年まで)の記憶とラモーンズにまつわる話” そして貴重な写真で、当時を疑似体験できる内容です! !



●まずはラモーンズとの出会いを教えて。初めてラモーンズやパンク聴いたのはいつ頃?

ーーパンクとの出会いは中学生の時。とっかかりはセックスピストルズ。オンタイムでね。ラモーンズはファーストだけど、確か当時、中古盤屋さんでレコードを買った。当時ガキンチョでお金なかったから、レコード買うのはみんな中古盤。


●ファーストは、その時にもう中古盤屋に並んでたんだ? (笑)

ーー(笑)あったね。1000円くらいだったかな? でもね、当時は正直言ってそれほどハマんなかった。やっぱり、ピストルズとかロンドンパンクのイメージが強くて、なんかNYパンクって、例えばテレビジョンとかインテリだし違うなって。今じゃ大好きなんだけど、パティ・スミスのレコードも買ってはみたけど、何かピンと来ないっていうのが当時の印象だよ。

●それでロンドン・パンクにどっぷりと?

ーー中学生の頃まで福島県に住んでいたんだけど、そこから仙台に引っ越したら仙台には輸入盤屋が登場するわけ。そうすると日本盤が出ていないバンドのLPも買える。それでそこからハードコア・パンクにハマっちゃったんだよ。

●例えば、GBHとか?

ーーそうそう。ディスチャージとか、エクスプロイテッドとか。

●速い方に行っちゃったんだね?

ーー割とスピードモノに行っちゃったんだけど、そうこうしているうちにラモーンズに戻ってくるわけ。スピードからの流れで。

●なるほど。結構早くリターンしたと?(笑)

ーーそう(笑) 「もう1回ファースト聴いてみるか」と戻って聴いてみたら今度はハマった。その頃にはもう『END OF THE CENTURY』もリリースされてたんだけど、あれじゃなかった。でもファーストにはやられたな。このファーストは中古盤だったけど、新品でちゃんとリリースされたのを買ったのが『Subterranean Jungle』。その時は、すげぇポップなアルバムだなぁって思ったけど、それが逆に良かった。あの当時ラモーンズは『Subterranean Jungle』を最後に日本盤のリリースなくなっちゃったでしょ? 周りの連中のラモーンズ熱もさーっと一旦下がってたね。でも次の「TOO TOUGH TO DIE」がリリース。これが俺にとって大ヒットなアルバムだった。速いしポップ感もある。LPだったからB面に入ったところのポップに変わる感じがまた良くて。あれでしっかりとラモーンズにやられた。



 
●ギターを始めたのはいつなの?

ーー最初は兄貴のフォークギターで練習してた。小学校5年生くらいかな。その頃は1家に一本フォークギターがある時(笑)

●「モーリス持てばスーパー・スターも夢じゃない」っていうテレビCMあったよね(笑)?

ーーそれ、それ、その時代(笑)。でもアコギをいじったら、やっぱ、エレキやりたくなってエレキを買って最初はリッチー・ブラックモアでギターソロを練習するわけ。でもなかなか思うように弾けない時に、パンクが登場して「お、これなら俺もできる」って思ってそっちに移った。でも一応全部練習したんだよ。ジミー・ペイジもリッチー・ブラックモアも。あとなぜかグランド・ファンクも好きだったなぁ。結構コピーしたんだよ。それに最初はセックスピストルも自分的にはハード・ロックだと思ってたよ。 ギターは歪んで聴こえたし、ギターソロは割と簡単そうだなと思ったし(笑)

●ギタリストから見ると、ラモーンズのギターは物足りないとは思わないの?

ーーそれがね、当時の俺にはちょうどいい感じだなと思えてたから物足りないと思ったことはないよ。それまではダムドが好きだったけど、ダムドって途中からビートルズ風の要素が入ってきて、ただのパンク・バンドじゃなくて、アーティスティックな方に行っちゃったからちょっと違って…それにカリフォルニアのディッキーズも凄く好きだった。たぶん、ハードだけどポップなメロディやギターの音っていうところが当時の自分には合ってたと思う。

●嗜好がアメリカに向いたのはその頃から?

ーーアメリカのバンドにというか…俺、実際にアメリカに始めて行ったの、POGOのレコーディングだったんだけど…ちょっと話変わっていい? その時NYに行ったんたけど、それアルバムじゃなくてシングルのレコーディングでね。シングルでアメリカに行けちゃう時代だったんだけど…

●凄い…
 



ーー初海外は89年のNYで、当時のマンハッタンには楽器屋が沢山あったんだよ。アップ・タウンの道の両側に楽器屋ばかりがずらっと並んでいる通りがあって、しかも値段も安かったんだ。中古屋もいい店が多くてさ。しかもギブソンとかフェンダーのギターが200ドルや300ドルだったんだ。その頃の日本じゃギターはまだまだ高くてそんな値段じゃ手に入らなかった。
  それでその時のエンジニアがグレン・コロトキンって人で、ラモーンズの『Subterranean Jungle』や、ジョーンジェットの『I Love Rock'nRoll』で大ヒット飛ばした人だったらしい。当時のコーディネーターさんがこのエンジニアさんが、いいですよって言うからそうしただけなんだけど。正直に話すと、グレンさんがどんな凄い人なのかもぜんぜん知らなかったけど、ラモーンズを手掛けた人にはやってもらった。でも会ってみたら、ぜんぜんパンクの人じゃなかったんだよ。それで一応、グレン・コロトキンさんにはやってもらったんだけど、その音はお蔵入りで使わなかったんだ。


●えー?!

ーー結局、あの頃のラモーンズの音を作っていた人じゃ、音は加工されたものになっちゃうよね。『Subterranean Jungle』の頃だから。自分たちも初の海外で言われるがままで来てるからよく分からなかったんだ。結局グレンさんの音は気に入らなくて、別の人に頼んだんだよ。そのあと90年代に入ってニルヴァーナの時代が来てまたロックっぽい音に戻ったけどさ。

●え? 録り直したの?

ーーそう。RCAのスタジオで撮り直したんだ。そういえば日本にダニエル・レイをNYから呼んで『1990』のエンジニアとして、作業してもらったこともあったよ。その時はドラムの音にマシンガンの音を重ねるとかなんとか、とんでもない事やるなあ…と。

●むちゃくちゃ、じゃない?

ーーこれが、最先端のNYの音なのかなあ、と思うしかないわけよ、わからないから。まあ、刺激的ではあったけど…(笑)。

●(笑)ダニエルもまだラモーンズで少し名前が売れ始めた頃だったし、エンジニアとしての腕はそんなに知られてなかったけど、日本ではなんとなく有名になっていったよね。

ーーうん。でもいい経験にはなったよ。でもラモーンズ的にはダニエル・レイは凄く信頼している人でしょ?

●うーん。音の作り方に信頼を置いてるのかよくわからないけど、ラモーンズの音作りのスタイルは分かってたとは思う。あとは辛抱強いとか…。グレンさんがラモーンズと仕事をした人だと知ってたら、いろんな逸話が聞けたかな。楽器屋街の話に戻るけど、きっとジョニーとディー・ディーが仕事帰りに寄り道をしていたマンハッタンのギター街だね?
 
  ーーそう、あそこ。アップ・タウンのギター街。結局ギターは買って帰らなかったけどあそこはいつも面白かった。あとラモーンズ繋がりで言うとCBGBにも行ってTシャツは買ったよ。当時の日本にもロック・ショップはあったけど、やっぱりロンドン・パンクものばかりでアメリカのグッズなんて入ってなかったでしょ? CBGBっていうライヴ・ハウスのことは、ラモーンズで名前を知ってたから、とにかくTシャツだけはお土産に買って帰ろうと思ってたよ。ライヴは見れなくてもTシャツは絶対に手に入れたいと(笑) 
●CBGBのTシャツはNYへ行かないと買えない輸入なんてない時代だよね。

ーーそう。だからこのチャンスを逃さないぞ、Tシャツは買うぞと意気込んで行った。とにかく何だかわからないけど、歩いて、歩いて、やっとCBGBに到着した記憶があるよ。それで昼間なのに、なんかここヤバいムードだなあとは思った。今はすごく綺麗になっちゃったけどね、あのへんも。

●私も春日クンが行った頃に住んでいたから分かる。隣がホームレスの施設だったから危ない感じの人たちやジャンキーが道にごろごろ寝てたね。

ーー何となく、この通りは危ないなという気配ってあるでしょ? それを感じて財布とかパスポートとられないように気をつけようって思ったよ(笑)

●去年のCBGBフェスは何を見に行ったの?

ーーいろいろ資料持ってきたよ。あのフェスはスゲー楽しかったよ。メモ代わりの写真もあるよ(と貴重な写真がどっさりのiphoneが登場 !!)

●おお、メモ代わりの写真がえらい貴重だね。これ載せていいの?

ーーもちろん。FCの人に見てもらいたいし。

●そういえばそのCBGBフェスの時にマーキーに会ったんでしょ?

ーー会ったよ。車で会場に来てパスタ売ってた(笑)。

●さすが商売人(笑) マーキーはプレイしたの?

ーーしてない(笑)。パスタ屋だった。

●(爆)。食べた?

ーー食べてない。サインもらって写真は撮った(笑)。



 

●それでCBGBフェスは何を見たの?

ーーいろいろ見たよ。デビッド・ヨハンセンの弾き語りとか。グレン・マトロックのピストルズの弾き語りとかもそれはそれで凄く良かったよ。ウォルター・ルーもいたな。

●NYらしい面々だね。それに思っていたより規模がでかいように思える。

ーーそう。アップタウンのギター街あたりやタイムズスクエア周辺も巻き込んでのフェス。濃い5日間だったよ。朝から夜までいろんな催しものがあってね。当時の人が懐メロでやっている風じゃなくて、通過してきたものを今プレイしている感じでとてもいいんだよね。そういえばNYにもギター・センターが出来たでしょ? そこにいろいろラモーンズのグッズが飾ってあったよ。

●NYには10回以上行ってるって言ってたけど、緑の看板の時代のMANNY'Sにも行ってたよね? ジョニーがモズライト買った楽器屋だって事は知っていたの?

ーー知ってた、知ってた。だって中入れば、写真やらサインやらガァーっとあったし「ああ、ここか」とすぐに思った。ラモーンズもだけど、ジミ・ヘンドリックスもあの店だよね? あの店で買ったこともあるよ。今は結構処分してるんだけど、10本くらいはまだあるかなぁ。多い時はギターは30本くらい持ってた。ラモーンズ・モデルはまだ持った事ない。いつか欲しいなとは思うけど。



●モズライトを弾いてみたい? 

ーーかっこいいでしょ。モズライト持ってストラップこう低くして。モズライトはベンチャーズのは弾いたことあるけど。まさにあれと同じのってのが無くて。なんとなくイメージ的にはあんまりいい音しそうに無いので、まだ(笑)。だからこそ、ちゃんと弾いてみたいなとは思う。モズライトってブランドは、どうしてもベンチャーズとか加山雄三のイメージがあるし値段も高い。だからなんでジョニーがあれを選んだのかなっていう点にも興味はあったよ。たまたまMANNY'Sに安モノがぶら下ってたような出会いだったのかなとも。

●「誰も持っていないし、安かったから」と言ってた記憶が…。

ーーやっぱり安かったんだな、当時は。あと90年代にも行って今も行って思ったのは、MANNY'Sは昔は中古のギターでも拘ったものがちゃんと置いてあったんだけど、今のMANNY'Sはギター初心者用のギターを売っているような品揃えの店になっちゃったよ。高級楽器の店じゃなく安いギター屋さん、今まではプロの店だったけど、今はアマチュア用のギター屋さんというかね。そんな印象だった。

●寂しい話。やっぱりNYにギター・センターができたからかな?

ーーそうだと思うよ。(※写真はNYのギター・センターのウインドウに飾られているラモーンズのステージ周りの物など)


 
●春日クンのギター・スタイルはどこから影響受けてるの? 

ーージョニーには影響受けてるけど、ただ言っちゃうと、もっとストラップ長くして ジョニーみたいに弾きたいんだけど、それは無理。たぶん手の長さやらいろんな関係もあるのかもしれないけどラモーンズのカバー・バンドの人たち見ると、すげぇ長くしてるでしょ? 地面にギターつくんじゃないのくらいな(笑)あれはあれでかっこいいんだけど。昔、若気の至りでやってはみたんだ。どこまで手が伸びるかなぁって。でも、もうこれ以上は無理無理という結果に…(笑)。ちゃんと左手押さえるのも大変だし、右手だってつくかつかないかくらいだし。でも意外とジョニーは、あれだけストラップ長くしてても、右手すっごいガッシガシ弾いてるでしょ? あれ、たぶん普通の日本人の体型だと絶対無理。弾く為には角度がいる。背中丸めて手首の動きガシガシやってホント凄いよ。

●ダウンピッキングって難しい?

ーー難しいっす(笑)。さっきの話のストラップの長さにも比例するけど、あれね、実はストラップ長くした方がダウンピッキングはやりやすいと思う。だからジョニーは、こう長いけど、日本人はそこまで下げたら今度は逆に無理。それで、今の自分のストラップがいいと思うのは、それが一番楽なダウンピッキングの位置たから。ダウンピッキングってロック・ギターには欠かせないものだと思ってるよ。ジョニー譲りのあれはやっぱり外せない。でも正直昔は、レコーディングでは、ソロ・パートはダニエル・レイに弾かせてるとウワサになってたでしょ? こんな簡単なフレーズを自分で弾かないギタリストなんてと思ったよ。でもそれはラモーンズらしいフレーズにしたいからというこだわりっていうのをあとで知って、何か凄いなと思えるようになった。俺はやっぱりジョニーラモーンは尊敬してるよ。20数年間髪型も変えなきゃ着る服も変わってない。自分でソロは弾かない(笑)。これはタダものじゃないぞと思うようになった。

●ただものじゃない(笑)確かに。春日クンにとってベスト・ギタリストって誰なの?

ーーうーん、キースリチャーズも大好きだけど、一番好きなのはジェフ・ベック。

●え? ジェフ・ベック? 意外 ! !

ーーこれはもう昔から。ジェフ・ベックって言うと、皆テクニカルなイメージあるでしょ? ジェフベックって、でも俺には凄くパンクの人に思えるんだ。いまだに枯れないで攻め続けてる。あとジェフベックもジョニーみたいに髪型を変えないし(笑)。昔は歌ったりしてたけど、今もギタリストでいまだに現役。時代ごとに全く違う内容の作品を作ってきたし、いつも攻めてるなあという印象。2年前に出した『Emotion & Commotion』も好きで、あの年に来日しなかったから、じゃNYに行って観るしかないなと思って見に行ったよ。会場のビーコン・シアターがまた、いい感じでね(笑)。昔オペラとかやってたようなホールでさ。そのアルバムっていうのが、レスポールさんのトリビュートアルバムで、それはいつものジェフベックのスタイルじゃなくて、グレッチのギター持って指でバッコンバッコンやってて凄かったよ。
  
●春日クン自身、もはやラモーンズより長くプレイして30年でスタイルも徹底してる。ジョニー・イズムみたいなのある?

ーーあると思うよ。でも自分がギターを弾き始めた頃は、何も思わなかったけど、やり続けて10年20年とかになると、やっぱり継続していくことは大変だし凄いと思うようになった。自分も変わらないように気をつけてるよ。お腹が出たり枯れてく人もいるけど俺は常に攻めて行きたいね。キース・リチャーズだってブルース大好きだけど、あの人も攻めてる感じ。もう今70歳くらいなのに、いつまでたってもカッコよく振る舞っているし、あんな風でいたいね。



 
●ところで、ラモーンズのメンバーに会ったことはある?

ーー俺、ミュージシャンにちゃんと会ったことあるのジョニー・サンダースぐらいかな。当時の音楽雑誌「フールズメイト」のインタビューの対談でくらいで他は無い。昔、大阪のBARでリック・デリンジャーとエドガー・ウインターに会ってめちゃめちゃ盛り上がって「明日、ライヴ来い」って言われてたことはあったなあ。正直言ってリック・デリンジャー、あんま好きじゃなかったんだけど、ライヴ行ったら凄く面白しろかったみたいなエピソードはあるけど。
  あ、もうひとつエピソードがあって、ジョニー・サンダースが最後の来日で、ニューヨーク・ドールズ時代からずっと使ってたギブソンのレスポールJrをディー・ディーに壊されて持って来れなかったんだ。当時俺、フェルナンデスと繋がりがあったんで、ジョニーの為にギターを1本もらってあげて、それをあげたらライブで使ってた。あの頃ジョニー・サンダースはディー・ディーとバンドやるはずだったよね? でも一緒にスタジオ入って曲作ってたら急にディー・ディーがキレてギター壊されちゃったって言ってたよ。


●ディー・ディーの逸話は掘るともっとありそうで面白いよ。ところで、ミュージシャンとしてラモーンズの影響を受けていることはある?

ーー影響って言うか真似してるんだけど、レコーディングの時も含めて、アンプはマーシャルをずらっと並べる。ジェフ・ベックもそうだけど。あのイメージはラモーンズからで、俺の中のロック・ギタリストのイメージ。自分の後ろには常にマーシャルを置いときたいなぁ。レコーディングも昔っから一貫してマーシャル派。やっぱりこれはラモーンズの影響大だな。

●POGOはラモーンズの前座はしてないよね?

ーーやってないよ。前座の話はあまりなかった気がするなぁ。でもPOGO時代も入れてラモーンズは初来日(80年)以外、全部観てるよ。89年のレコーディングの時に実はラモーンズをNYで見たんだ。当時日本ではスタンディングのライヴ・ハウスがまだ無い頃で、キャパ2000人くらいの大きいホールで、ダイビングやらモッシュで暴れているのを見たのが初めてで驚いたよ。何だこれ? みたいな。前座のサーカス・オブ・パワーがガンガン盛り上がってて、本当は前の方に行きたかったけど怖くて行けず(笑)。

●そういえば、ラモーンズのリハ・スタジオもNYにあるんだけど…

ーーえ? アメリカにもスタジオあるの? 普通の子供はみんな家のガレージとかでやるからスタジオはあまりないって聞いたことある。

●マンハッタンはガレージつきの家がなかなかないからあったのかも。25thストリートにあったSIRスタジオでリハやってたよ。

ーーSIRならLAで入ったことはあるよ。NYにもあるのか。

●あるよ。広いスタジオだよ。今度春日クン、リハーサルしてきてよー。

ーーいいね、それ。行ってみたいよ。

●(ここで、iphoneの写真登場)これは本物っぽいね?

ーーUSバッジのNYのKAUFMANにも行ってきたよ。その時、仙台の友達と一緒に行ったんだけど、当時、東京だと上野の中田商店とかで革ジャンや中古品を見てたからあの店のNY版だなあと思えて良かったけどね。一応いろいろ見たよ。FCで一時盛り上がってたUSバッジも確認しとこうと聞いてみたけど、無かった。

●あれは、仕入れのタイミングだと店長が言ってた。ラモーンズ・ファンでNY行く人は必ずKAUFMANで仕入れ状況を聞いてくるっていのがいいかも(笑)

ーーでもさ、USバッジひとつにしても、最後までちゃんと付けてたでしょ? こういっちゃなんだけど、バッジくらい途中で変わっても別に気にしないと思うんだけど、自分の作ったテーマに徹底してこだわってるとこも凄いなあと思うよ。

●ラモーンズのアルバムでベスト3はどれ?

ーーアルバムってことになると、俺、『RAMONES MANIA』なんだ。あのアルバムは凄いアルバムだよ。ラモーンズはもちろん全部持ってるんだけど、その中であのベスト盤は歴史に残るアルバムだと思う。全曲じゃなくても、あの1枚がラモーンズを表現しているし、コンプリートして入ってる。ジャケットも。
  他には『TOO TOUGH TO DIE』とちろんファーストアルバムも大好き。でもアルバム全部持ってる俺でも、敢えてあのベスト盤。よくあるでしょ? 無人島に持ってく1枚(笑)。本当は全部持って行きたいとこなんだけど、全部持って行くと重いから(笑)あえて一枚って言ったら、意外と『RAMONES MANIA』ってありかなって思うよ。正直言っちゃうと、歌詞あんまり良く分かってないの。歌詞カード見ながら聴く音楽って感じじゃないから。あとで見た時、こういう歌詞だったんだぁって思うんでいいかなと。それで改めて、あ、ジョーイってすげーセンスの持ち主だったんだな。凄い繊細な人なんだなと知って。ジョニーのあえてギターソロは弾かないみたいなポリシーも、あれはあれで凄いと思う。ちゃんと2分なり3分の中に全部詰め込んで、シンプルだけど奥が深いと思えるからね。


●MANIAってベスト盤中のベストに思えてきた。今日は長い時間本当にありがとう。この続きもまたぜひ、お願いします!


▲これは当時発売された映画『ロックンロール・ハイスクール』のレーザーディスク。
帯裏面には当時THE POGOのギタリストだった春日弘でコメントを寄せている。
レーザーディスクそのものもコメントもWで貴重。
 

★★

モスキートスパイラル
http://mosquitospiral.com/


5th Album "LIGHT ON SHADE"
Price: 2,100yen (tax included)


インタビュー / yuki kuroyanagi / Ramones Fan Club Japan
取材場所 / 2013年6月、東京・高円寺にて
撮影 : Sumie(FC STAFF・取材中、他)、その他yuki kuroyanagi
アートワーク:ヤーボ・ラモーン (東京ラモーンズ)
協力 : もにゃこ(FC STAFF)、高円寺ROCK BAR VAMP, 高円寺Bacaro & Osteria Il Doge,

テキスト及び写真 : 畔柳ユキ / Ramones Fan Club Japan (c)RAMONES FAN CLUB JAPAN
ALL TEXT by (c)yuki kuroyanagi & (c)RAMONES FAN CLUB JAPAN
some photos by Staff
.


記事及び写真の無断転載を固くお断りいたします。