ビートルズで洋楽に目覚めピストルズ、クラッシュからKISS、ランナウェイズをリアル・タイムで聴くティーン・エイジャー時代を経て、日本のロックに目覚める。ルースターズを追っかけていたが、大江入院で、再び洋楽ばかりを聴く生活に戻る。ある日久しぶりに聴いたラモーンズ・サウンドにはまり1988年2度目の来日でラモーンズ・ライヴ初体験。その年の全公演を貧乏おっかけツアーで完全ノックアウト。この時にジョニーの最前列でTシャツにマジックで書いた「アンタはギタリストの殺し屋♪」というふざけたメッセージが本人の心に響いたのか、東京−NYで文通交流がスタート。MLBファン同士話が弾みメンバーが実家にスキヤキを食べに来るまでの家族ぐるみの付き合いに発展。来日時は東京ドームへ野球観戦につれてくなどジョニーご指名のツア・マネ状態に。来日パンフの製作、海外でお宝アイテム化している『ラモーンズ・マニア2』のリリースからライナー・ノーツまで、ラモーンズ製作には殆ど関わってきた。88年からの全ての日本公演、アメリカのロラパルーザ・ツアー、南米アルゼンチンでのラスト・スタジアム・ツアーなどラモーンズを各地で見続けた。自分が入りたかったので、メンバーに「ファン・クラブはないの?」と聞くと「ないからお前がやれ」の指令を受けこのファン・クラブがスタート。バンドの引退と共にファン・クラブの活動も休止したもののジョニー生存時に再スタート。ジョニーからの手紙は100通以上に及ぶ。現在ジョニーの母との文通も15年目に突入中。※写真をクリックせよ !
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