ビートルズで洋楽に目覚めピストルズ、クラッシュからKISS、ランナウェイズをリアル・タイムで聴くティーン・エイジャー時代を経て、日本のロックに目覚める。ルースターズを追っかけていたが、大江入院で、再び洋楽ばかりを聴く生活に戻る。ある日久しぶりに聴いたラモーンズ・サウンドにはまり1988年2度目の来日でラモーンズ・ライヴ初体験。…………(続きはこちら)
1980年代後半にラモーンズ・サウンドに初めて触れる。当時はラモーンズの価値に気付かず、笑い飛ばして終わる『BURRN!』読者・・・。1990年3回目の来日公演でラモーンズ・ライヴ初体験。ここでぶっ飛んで目覚める! いや、初オールスタンディング・ライヴの凄さにヤラれ、ライヴ中、ホントに転ぶ・・・。同時にメンバーに初接近し、生きた化石に感動! …………(続きはこちら)
仕事現場でカイチョー・ユキと出会い、それ以降、お目にかなったのか?パーカーのデザインから映画のパンフなど、ラモーンズに関するアート・ワーク担当してます。本モノのラモーンズ周りで例えるとさしずめアートゥロ・ヴェガ日本版的役割って感じでしょうか。…………(続きはこちら)
ラモーンズの生ライブ経験は残念ながら無く、1998に某バンドのスタッフとして働いていたところをユキさんにスカウト(?)されたのがきっかけで、FC業務を手伝うようになりました。その辺りが初ラモーンズ体験かも。…………(続きはこちら)
小学生の時、THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIALでROCKに目覚め(今でも好き)、中学時代(1988年頃)にSTAR CLUBのPUNK COVER ALBUM「GOD SAVE THE PUNK ROCK」をきっかけにラモーンズを知り、「ラモーンズ・マニア」をダビング・テープで初体験。…………(続きはこちら)
ラモーンズのドキュメンタリー映画「END OF THE CENTURY」のオフィシャルサイトを担当したのがきっかけで、ファンクラブのHP担当としてご指名いただくようになりました。…………(続きはこちら)