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ファンクラブの活動とラモーンズに関する最新ニュース

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2月02日 川崎 クラブ・チッタ
2月03日 川崎 クラブ・チッタ
2月05日 福岡 つくし会館
2月06日 大阪 IMPホール
2月07日 名古屋 ダイアモンド・ホール
2月09日 川崎 クラブ・チッタ
2月10日 川崎 クラブ・チッタ
2月11日 川崎 クラブ・チッタ

仕事でバンドに接することも増えた。
フォト・パスも兼ねたパス。

93年に続き冬の来日。1、2月に海外組の来日が多いのは、毎年1月に行なわれているオーストラリアの夏フェス「BIG DAY OUT」の出演後に日本に立ち寄る為。「本当はもう少し暖かい時期に来日したい」とメンバーはよく言っていた。東京で行なわれるショウがラモーンズ通算2000回目のライヴになるということを来日してから聞かされた。そこでプロモーターは急遽くす玉を用意しステージ上にセット。ファンクラブは私が急いで祝・フラッグを(マジックで書いて)作り渡した。当初2月10日が2000回目のライヴと伝えられたが、追加公演がその前日に入ったため、記念日は前倒しになった。

2000回記念ライブ後に東京・六本木のハード・ロック・カフェで行なわれたパーティー。レコード会社のえらい人たちやスタッフとディナー。
メンバーのバックに張られたフラッグは前日の夜に会長YUKIが、マジックで描いた手書きフラッグ。メンバー・全員のサイン入り。
このように記録としては大きい2000回目のパフォーマンスも、メンバーは特に趣向を凝らすことなくいつもと同じようにプレイをした。CJだけはライヴ終了後にAC/DCのアンガス・ヤングのようにパンツを下げてケツをみせるというおふざけをやったが、これは非常に珍しいこと。(あとで理由を聞いたけど誰かにヤレと言われたからだったような)

ファン・クラブの会報用にもらったメッセージ。

楽器雑誌の記事。文中で「今日が2000回目のライヴ」と語っている。ツアー中のリアルな記事。

ファンクラブはバンドとマネージャーに公認されていたので、プロモーターSMASHの協力を得てライヴ終了後に会員を楽屋に招待するなど、ミート&グリート企画も毎日やらせてもらえていた。このため会員はメンバーと直接交流をもつ機会ができた。この企画の影響でメンバーは毎回たくさんのプレゼントをもらい、帰りはいつも山のようなプレゼントを抱えて車に乗り込んでいた。前述したようにオーストラリアの夏フェスから流れてくるバンドの来日が多かった為、日本には来日アーティストがこの時期たくさん集結し、ある日の楽屋にはサウンド・ガーデンが遊びに来ていたこともあった。このツアーで14年振りに福岡公演を実現。JOHNNYは「FUKUOKA」という単語が発音しづらく「FxxkとOK」に見えてしまうと言いながら何度も発音を聞いては繰り返して練習していた。

JOHNNY RAMONEのギターにどこの企業も興味を持っていなかった(?)時代に、遂にリリースされたJOHNNY RAMONE MODELのフライヤー。

当時のレコード会社、TOSHIBA EMIがおこなったキャンペーン。応募で当たればラモーンズに会えた。よく来日していたバンドなのでこうした企画も簡単にできた。

テキスト&写真 : 畔柳ユキ / Ramones Fan Club Japan ©RAMONES FAN CLUB JAPAN
ALL TEXT & Photos by ©yuki kuroyanagi & ©RAMONES FAN CLUB JAPAN
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