Since 1992 to Now

ジョニーからの手紙『おまえがRAMONES FAN CLUB をスタートするのは最高だ。君が素晴らしい 仕事をするのを知ってるし、俺はおまえの事を本当に信頼しているんだ. Best Wishes John』
ラモーンズ・ファン・クラブ・ジャパン
ラモーンズ現役時代からバンドを追いかけ、メンバーと近かった私がリーダーとなり、様々なコンテンツを企画して運営しています。1988年からジョニーが亡くなるまで続いた「文通」と「メンバーの協力」のもと、様々な活動を行ない今もそれは続いています。
ラモーンズ現役中は来日公演にミート&グリート、オフィシャル盤『ラモーンズ MANIA 2』の企画発売、日本公演のパンフレット制作、96年ラスト・ツアーでは南米アルゼンチンまで片道24時間かけた観戦ツアーを遂行。
バンド活動休止後は、書籍の出版、ラモーンズ映画の宣伝、ニューヨーク&ロサンゼルスの聖地巡礼ツアー、YouTubeチャンネル、『ラモーンズTシャツ100枚展』や『ラモーンズ50周年記念パーティ』等の企画、会員限定のグループLINEでコミュニティの場を提供するなどの活動を続けています。

RFCJ会長、畔柳ユキが1988年から文通していたジョニー没後に出版した書籍『I LOVE RAMONES』(リトルモア出版・完売)とその続編にあたる『Thank You RAMONES』(リトルモア出版・RFCJオンラインストアにて発売中) 日本におけるラモーンズの立ち位置と他国とは違うラモーンズと日本のファンの関係が明確に分かる貴重な記録の書籍。

2016年には、RFCJの会員と渡米し、ラモーンズの聖地を巡る「聖地巡礼ツアー」を決行。この様子は地元ニューヨークの日系新聞に取り上げられた。この「聖地巡礼ツアー」は奇跡的な出来事ばかりが重なる不思議なツアーでその詳細も『Thank You RAMONES』に記録した。ラモーンズの高校、フォレストヒルズ・ハイスクールはゲリラで尋ねたにも関わらず、校内に入れたり、ラモーンズを撮影していた写真家とCBGBの前で遭遇したり、望んだことが全部出来た。

1995年の日本公演ラスト・ツアーのパンフレットは長い間RAMONESを招聘したプロモーター、SMASHから依頼されRFCJが企画制作した。コンテンツは「日本公演A to Z」や独占インタビュー、アメリカから取り寄せた写真などで構成されている。

ベスト盤『RAMONES MANIA』に続く後期のベストをまとめた『RAMONES MANIA 2』を当時のレコード会社、東芝EMIとRFCJで共同制作したオフィシャル盤。ジョニー・ラモーンのオリジナル・メッセージ付き、豪華なカラー・ブックレット。カバーは会長とスタッフのグッズを集め、会長、畔柳ユキがスタジオで撮影。日本国内でのみ販売。
1996年にバンドは解散、ファン・クラブも一度は活動を停止しましたが「入会したいファン」が絶えず、ジョニーと相談し「日本のファン・クラブのためなら何でもするから続けてくれ」の言葉に押され現在も継続中。

2023年には『RAMONES Tシャツ100枚展 Vol.1』『RAMONES Tシャツ100枚展Vol.2』を開催。

ロックTシャツのアイコンになっているRAMONESのロゴT展を100枚展示する企画を内容を変えて2回行った。

会場の屋上でゲリラ・ライブも。

2024年秋にはRFCJ会員限定の『CJラモーン、ミート&グリート』を開催。

2024年12月には『ラモーンズ結成50周年記念パーティ』も開催し大成功を収めた。
そして2022年には、バンドよりも長い活動30年目に突入。
来日時はメンバーをサポートし、ファン同士のコミュニケーションの場として、そしてラモーンズのレガシーを正しく継承する為に、今後もワールドワイドな活動をファンと共に楽しみたいと考えています。
ラモーンズ・ファン・クラブ・ジャパン
会長 畔柳ユキ
since 1992 to be continue