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ファンクラブの活動とラモーンズに関する最新ニュース

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6月27日 東京 西武劇場(*)
6月28日 東京 西武劇場(*)
6月29日 東京 西武劇場
7月01日 名古屋 雲竜会館
7月02日 京都 京都会館別館ホール(*)
7月03日 大阪 スタジオあひる(*)
7月04日 福岡 大博多ホール
(*) 1日2回公演


記念すべきラモーンズの初来日は、トムス・キャビンという現在もカントリー・アーティストなどを招聘しているプロモーターの麻田氏の手によって実現した。東京公演は、渋谷PARCO PART1内にあった西武劇場(現在のPARCO劇場)でシーナ&ロケッツと共演し、日によっては1日2回公演だった。 東京公演の日に地震が起きたが「壁にへばりついた」バンド関係者たちとは対照的に、演奏中のメンバーは地震のことをまったく知らなかった。ラモーンズが登場すると、椅子を押し倒しステージ前に観客が突進。その観客の8割が男性だった。

ドラッグの影響か、ステージ上のDEE DEEは演奏をしながら口からよだれを垂らし、メンバーの中でも一番危険な風貌だった。この頃のマーキーはアル中で、初来日の記憶は何も残っていないと2000年以降の取材で語っている。DEE DEEのドラッグ問題は深刻で、何か問題をおこすのではないかと関係者は常に冷や冷やしていたらしい。

伝説となっているNHKの『レッツゴー・ヤング 』への出演はレコード会社の担当者、諸星氏がブッキングした。海外のアーティストがこの番組に出演したのはラモーンズが初めて。この番組に出演するにはリハーサルのために丸一日をNHKの楽屋ですごさねばならず、DEE DEEが徐々に不機嫌になり関係者を慌てさせていたらしい。初来日公演に関する情報を集めると、DEE DEEの話が多く、1980年のラモーンズの中で常に注目されてたのが彼だったことが伺える。

Photos : 『ON THE ROAD OF THE RAMONES /
Monte A Melnic +Frank Meyer』

取材は音楽雑誌『MUSIC LIFE』や『音楽専科』等に記事が掲載された。東京のライブ会場となった渋谷のPARCOの壁にはラモーンズのアルバム『END OF THE CENTURY』のカバー・イラストが描かれた。東京の打ち上げは、ツアー・マネージャー、モンテ・メルニックの著書『On the Road with The Ramones』の中の写真に掲載されている渋谷の焼き鳥屋『串助』でおこなわれた。

『音楽専科』1980年8月号より

『音楽専科』1980年8月号より

『MUSIC LIFE』1980年 写真提供 : 長谷部宏

来日公演のPASS

地方公演のうち、大阪のライブ・ハウスは雑居ビルの4階にあり、ローディーを連れてこなかったラモーンズはメンバー自ら楽器を4階まで階段で運んだ。京都公演終了後は台風の影響でタクシーがつかまらずぎゅうづめの機材車にメンバー全員が無理やり乗りこみ宿泊先まで戻ったそうだ。

 

 

テキスト&写真 : 畔柳ユキ / Ramones Fan Club Japan ©RAMONES FAN CLUB JAPAN
ALL TEXT & Photos by ©yuki kuroyanagi & ©RAMONES FAN CLUB JAPAN
記事及び写真の無断転載を固くお断りいたします。

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